→卒業生インタビューINDEXページへ

卒業生インタビュー
新里明士さん
vol.04
新里明士さん

 


 

□去年8月には「第3回パラミタ大賞・大賞受賞」、今年3月には「菊池ビエンナーレ展 奨励賞」と活躍されていますね。これらの受賞をどのように感じられていますか。

「どのように…」難しい質問ですね。
パラミタはギャラリー推薦で一般投票という賞だし、菊池ビエンナーレは限られた審査員が選ぶ賞なので…。同じような「光器」という作品を出したんですけど、傾向の違う2つのコンペで受賞できたので単純に嬉しいですね。

□「光器」というシリーズをつくり始めてどのくらいですか?

2003年が初個展なのですけど、多分その1年前に作り始めたような気がするから7年目かな。初めの頃は、今と比べると精度もすごく落ちるし、やりたいことも多分出来てなかったと思います。でも当時はそれが一番いいと思って作っていたから。もう少し行ける、まだ行けると思いながら7年掛けてやっと技術力が自分の理想とする形に追いついて来たかなという感じですね。

 

□作品の制作ペースはどんな感じですか?

基本的には個展の予定に合わせたペースです。今年が5回くらいだったかな。あとグループ展がバラバラとある感じです。


光器-こうき- (2009)

□ロクロ制作にこだわって制作している理由は何ですか? 

僕はスケッチをあまり描かないので、ロクロでひいた方が僕のイメージした形を作りやすい。あと、ロクロは制作するのが時間的に丁度いいというか。次の作品に移る時間が早いから、修正してすぐ次に行けるというスピードが、自分の考えるスピードと近いのでやりやすい気がします。

 

□海外の陶芸コンペへの出品や個展など、活躍の場が日本から海外へとさらに広がっていますが、意識的に何か変わったことはありますか。

この前もイギリスに行ってきたんですよ。意匠研の卒業生の加藤委さん、桑田卓郎君とかと5人くらいで。ギャラリーの人がツアー行程を組んでくれて、作家さんのところを廻ったり、新しくなったリーチ工房に行ったり、陶芸フェスティバルみたいなものを見て帰ってきたんですけど、2週間行っていろんなものを見て、何が意識的に変わったかというのはまだわからないんですよ。多分、自分がそこで作ってみないとわからないのでは、とは思ったんです。

 

□海外で制作するということですか。

そうです。今度イタリアに行くんです。ファエンツァ市にあるカルロ・ザウリ美術館でワークショップというか、アーティストインレジデンスに参加するために。滞在期間が2週間ちょっとなので、作品は大して作れないとは思うんですけど、今回はイタリアで制作したものを見せたいと思っているのでこちらで作った作品は持って行かないつもりです。一応ルーターだけは持って行くけど、素材はなるべく全部向こうのを使って、今ある自分の技術で何ができるのかを1回試してみようかなと思っています。個展1回分開けるくらいちゃんと考えようかなと思っています。


アメリカ・ボストンでのワークショップの様子

 

□今の活動スタイルに至る経緯はどのようなものでしたか。

研究所を卒業して2年間は市内のギャラリーでバイトをしていました。あと、中学校の非常勤と養護学校の先生を1年ほどやりながら空いた時間に制作をしていました。最初の1、2年はちゃんとお金を貰わないと生活できなかったけど、2005年くらいから、ぼちぼち個展などで忙しくなってきたので、作家だけで生活できるようになりました。

 

□千葉県出身の新里さんが、地元に帰らずこの地域に残って制作されていますがその理由はなんですか。

僕はいろいろと考えるタイプなので、研究所時代の仲間だとか周りに人がいた方が考えるきっかけになるだのと思います。千葉だと、情報が入って来るのが遅いですよね。ここでは別に情報を求めて積極的に誰かと話さなくても、情報はいやでも入ってくるので。情報が入った時点でいろいろ考えられるというのが一番大きいような気がしますね。

 

□意匠研究所時代を振り返って、どんなことを考えていましたか?

研究所で出された課題では、とにかく自分らしいものを作ろうと思っていましたね。
入って最初の頃は、美大卒の同期がいたりして、ちょっと格好つけようみたいな感じで課題をしていたところもあったんです。でも途中からそういうのを止めて、自分の特長はどこなのか考えるとか。課題の意味もほぼわからずにやっていたというのもあったので、1度手を動かしてから自分らしいところを探す、という方向に切り替えた気がしますね。



アメリカ・ボストンでの個展会場

□その格好つけようを止めようと思ったのはどうしてですか?

大学生の頃、陶芸サークルで美大ほどではないけど制作していたのに、その経験を活かすことなく課題に取組んでいたのに気付いて、それだと今までの経験が全く意味を持たないなと思えてきて…。それで僕がやってきたことを考えた時に、シャープなラインだとか、バランスの取れた形というのが特長としてあって。別にそれを恥ずかしがることもないなと思って、それらを課題にしっかり入れ込むようにしたら楽になりましたね。

 

□意匠研究所で学んだことで役に立っていることはありますか?

先生から「自分の作品をつくる上で、ちゃんと歴史の中で考えなさい」と言われたことでしょうか。
研究所に入っていなければ、いろいろと考えて作るという今の制作スタイルにはなっていなかったと思うんですよ。
あと、今でも個展で急須をよく作りますけど、先生から「急須が陶芸のコンポジションの一番基本になるところだ」と言われたことがずっと残っていて。プロポーションだとかバランス感覚の基礎となるものということだと思いますが。だから、急須は今後もずっと作りたいなと思っているんです。

 

□現在、意匠研究所で学ぶ後輩たちに伝えたいことを教えて下さい。

作家になりたいとか、どうしたら一人立ちできるかばかりを考えない方がいいかなとは思いますね。
僕も含めて先輩に聞けば済む話なので。ただ、人に聞くと、自分がどういう風に作家として生きて行きたいのかを考えることが減ってくるような気がするんです。卒業したら嫌でも考えないといけなくなるのだから、研究所にいるうちは、そういうことを考えずに課題に真正面から取り組んだ方が楽しいと思いますよ。バイトをするのもまじめにすればいいと思うし。
研究所にいる間は、研究生という立場でしか考えられないこと、例えば僕の場合は自分らしさだったんですけど、陶芸で生きていく上で原点となるようなものを探すこと、あと自分自身で考えることが大事だと思います。

 

(2009年8月取材)